大変便利な不用品 東京
先史時代、私たちの祖先は自分たちが暮らす洞窟内にごみを捨てていた。
しかし、次第に洞窟のなかはごみでいっぱいになり、彼らはその場を追われ、新天地を求めて慣れ親しんだ土地を離れていった。
数世紀を経て人類が定住生活をはじめると、残飯を埋めかくしたり、堆肥にしたり、焼却したりしてその処分を自然に託すか、そうでなければ豚などの家畜の餌にしてこれを処理していた。
ごみ処理を自然に委ねる生態系のサイクルは集落の形成とともに崩れていった。
かつては、人間と自然の諸活動の聞で諸々の関係を打ちたてる一つのプロセスとして位置づけられていたごみが、次第に廃棄するしかない対象となっていったのである。
町で暮らす人たちは、洞窟で暮らす人たちのように頻繁に住居を移るわけにはゆかない。
そのため、ごみとともに生活し、悪臭に慣れなくてはならなかった。
ほほ一〇〇〇年にわたり、ヨーロッパの都市の不潔さは想像を絶するものだった。
生ごみを中心に、ごみというごみが公道のあちこちに捨てられ、山と積まれ、ときおり都市の外に運びだされるという有り様だった。
人口が増えて都市の境界がひろがると、周辺地域は前世代が残したごみとともに丸ごと欽みこまれていった。
一九世紀は、衛生学の歴史にとって根本的な転機となった時代である。
細菌の存在を証明したパストゥール〔一八二二-九五〕の業績が発表されるまで、衛生学者は経験に頼っていた。
パストゥールの登場後、衛生維持のプロセスに科学的な視点と技術が投入され、飲料水網や上下水道合流方式が少しずつ整備されていった。
プベル知事がパリ市にごみバケツを設置したのもこの時代で、いまからたかだか一〇〇年ほど前のことである。
中央がモンパルナスタワー。
産業の発達とともに、家庭から出る廃棄物処理の問題はさらに深刻になった。
ごみの総量は数世紀にわたり暫時増加を続け、ここ一〇年で「製造→消費→投棄」という流れにますます拍車がかかったため、ごみの総量が急変したのである。
パリ市民が一日に排出する一人あたりのごみの量は、一八七二年には二〇〇グラム、一九三一年には七〇〇グラム、一九九四年には一・六キログラムと年々増加している。
ライター、万年筆、剃万、靴下、腕時計、電化製品、それに装飾品の類は、もはや修理にはだされない。
壊れたら捨てて買いかえるという扱いで、物の寿命ははかなく、一定期間を過ぎれば不用品にされてしまう。
ごみの氾濫は「現代社会」のお歴々にとって頭の痛い問題だ。
フランスでは毎年、二〇〇〇万トンを超える家庭ごみと六〇〇万トンの厄介な大型の廃棄物を処分しなくてはならない。
これらの廃棄物を一度に処分するとすれば、延々一万四〇〇〇キロにも及ぶ貨車が二列も必要になる。
先頭の機関車が上海にあると仮定すると、途中、ごみを積んだ貨車は、北京、モスクワを経由して、最後尾がパリまで達する長さとなる。
パリ市内だけでも、毎月モンパルナスタワーがいっぱいになるほどの廃棄物が排出されている。
アメリカ合衆国〔以下アメリカ〕では、各住民が平均して一日あたり二キログラムのごみを捨てており、状況はさらに深刻である。
一九八七年の春、ごみを満載した船が処分地を探して、ニューヨーク港とメキシコ湾の聞をあてもなく航行するという事件が起こり、ごみ処理が危機的状況にあることを露呈した。
ごみの処分を六つの州で拒否され、五〇日の放浪を続けたあげくに、結局、元の港に戻ってきたのである。
近い将来、カリフォルニアとニューヨーク州のごみ処分場はおそらく満杯になってしまうことだろう〔一九八〇年九月には、アメリカ東部フィラデルフイアの焼却灰をハイチに不法投棄する事件が起こっている。
キーアンシI号事件と呼ばれ、現在もまだ解決されていない〕。
発展途上国では、住民が捨てるごみの量はさほど多くない。
一日あたり二・六キログラムである。
しかし、食料不足のために驚くほど徹底した再利用・リサイクル〔原書では、再利用とリサイクル(再資源化)の区別が必ずしも明確ではないが、訳書では内容に応じてこの二語を区別した〕が実施されているにもかかわらず、町はごみで埋まり、住民は呼吸困難や伝染病の危険にさらされている。
腐敗臭のする食事が子どもや犬に与えられているのが実情なのだ。
一九九四年、地球上の総人口は一九〇〇年に比べて五倍に増えた。
人口統計学者は、この先、人口は五七億〜七四憶にふくらみ、西暦二〇二五年には九四億に達するとの予測をたてている。
しかもその場合、大半の住民は人口の密集する巨大都市に居住するというのである。
産業化と大量消費にともない、今後ごみの量はますます増え続けるばかりだ。
廃棄物のせいで人類は嫌悪感を禁じえず、不安をつのらせている。
英語でいう《ニンピー》〔たとえ必要な施設であっても「わが家の裏庭にはおことわり」の意味〕と称される奇妙な症候群の犠牲者になっているのだ。
ごみを積みかさねて、バベルの塔でも建設するつもりなのだろうか。
今後、「ごみ支配者」や「廃棄物屋」といった人たちが登場し、ごみ箱を尋問、調査し、中身を検死して、ごみに望まれる行く末をあれこれと議論し、経験をつぎこんでごみという鉱脈を堀りすすみ、新手の方策を練りあげることだろう。
そして、おそらく近い将来、ごみ処理は西洋諸国で筆頭の産業となるだろう。
ごみ処理が多国籍企業に支配され、マフィアが参入していないかと疑いがかけられる事態に発展する日もそう遠くはないように思う。
では、どうやって多様なごみの処理を進め、いかにして再利用・リサイクルを推進してゆけばよいのだろうか。
無益な悪魔にどう戦いを挑み、利益をもたらす傑作の価値をどう高めてゆくのか。
歴史に立ちかえれば、これまでも住民はごみの処理を難題とし、できる範囲で何とかそれに対処してきた。
さまざまな領域で生産とその後のごみ処理に関する新技術をあみだしてきた。
これまで行われてきた多様な再利用・リサイクルは、未来の希望の使者となっている。
ただ、はたしてこうした改革だけで十分に適応できるのだろうか。
この現代の厄介者に敢然と挑み、新しい世紀のなかで私たちはその困難を克服することができるだろうか。
家庭ごみの趨勢と変化を見聞し、その幸運と不運を物語る。
それは、人間がどのように残飯の処理にあたってきたかを検証するものである。
また、廃棄物を有益な資源とし、ごみをおもちゃに作りかえるために、産業大国と発展途上国はいかに想像力を駆使し、どのような創意工夫を凝らしたかを明らかにする。
あわせて、ごみが都市を飲みこみ、滅ぼし、町の景観を変えてしまう危険性についてもふれている。
その一方で、ごみがブドウ畑に活力を与え、住居の暖房となり、幾千もの恵まれない人たちの命を支え、数々の「作業」を生みだし、一団の豚を飼育し、子どもたちと遊び、囚人たちの孤独をまぎらし、芸術家に着想を与え、果てはごみをめぐるお祭りまで行われている現状にも目を向けてゆく。
エジプトやギリシアの人びとと同じく衛生につとめる習慣があった。
そのローマ人が、ガリア〔現在の北イタリア、フランス、ベルギー一帯〕に衛生美化の習慣をもちこんだ。
しかし、フランク族の侵略〔五世紀後たみ半〕のせいで、その習慣は霧散してしまった。
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